課長風月

疲れたサラリーマンの憩いのひと時

読書「星落ちて、なお」澤田瞳子

澤田瞳子さんの直木賞受賞作。画鬼と呼ばれた天才絵師・河鍋暁斎の娘・とよ(河鍋暁翠)が主人公。派手ではないが、とても良い作品だった。

 

※以降、内容に触れるので未読の方はご注意ください。

 

明治二十二年、暁斎の葬儀の後の場面から物語は始まる。幼い頃から、娘というより弟子として暁斎と接してきたとよは、真面目なしっかりもの。絵師としての技術も確かだが、暁斎の身の回りの世話、病床に伏してからの看病、葬儀とその後の相続など気丈にこなし、家族や暁斎の弟子たちからも好かれ、信頼されている。

一方で兄の周三郎(河鍋暁雲)は、長男であるにも関わらず葬儀に顔を出しただけで後をすべて放り出し、自宅に籠って画業のみに邁進する。父である暁斎や、妹のとよに対する屈託を隠しもせず、憎まれ口を叩き周囲から疎まれている。

この、正反対ともいえる兄妹は、反目しあう一方で、決して越えられない偉大な父に囚われ続けるという点で、奇妙な連帯感も抱えている。

明治の半ばから、大正の終り頃にかけて、とよの視点で父と兄への複雑な心情が語られていく。

 

澤田さんの小説を読むのは「火定」「与楽の飯」「若冲」についで四作目。これまで読んだ三作は、それなりに楽しめるものの、少々ベタな人情物っぽさが鼻につくことがあり、好みとまでは言えなかった。しかし本作はとても抑制が効いており、それが作品の深みとなっているように感じる。とよ自身、非常に抑制的な人物として描かれており、内面では様々な葛藤があるもののその多くは台詞や行動として表出されない。画鬼の娘という特殊な環境は人に理解してもらうことが難しく、共感できるのは唯一、兄の周三郎だけとなる。とよは、協調性もあり周囲の人々と良い関係を築いているが、この一点で孤独なのである。

そして折しもこの時代は日本絵画の変革期で、フェノロサ岡倉天心のリードで橋本雅邦や狩野芳崖といった、西洋絵画の手法を取り入れた新しい日本画が模索されていた時期であり、狩野派を基礎とした暁斎の絵は、江戸期の古臭い浮世絵と扱われつつあった。父の画に囚われた兄妹は、父を憎みながらも、父の絵に対する周囲の評価の変遷に反発も感じているのだ。

人間関係と時代背景。とよの相反する心情が浮かびあがり胸に迫る。号泣できるとか、そういった類ではないが、静かに感動する。

 

その他、明治から大正期の根岸や上野をはじめとする東京の雰囲気や、東京勧業博覧会、関東大震災の時の様子、憎たらしい爺として描かれる橋本雅邦などなど。この時代を感じられる描写も魅力的である。根岸は行ったことがないが上野近辺は東京国立博物館を中心に良く行くので、そういう意味でもとても楽しめた。

 

冒頭に出てくる、暁斎が好んだ根岸の豆腐店「笹乃雪」は今も営業しているそうだ。今度食べに行ってみよう。

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