実は読んだことのなかった夏目漱石の代表作の一つに今更ながら挑戦。古い小説ではあるが、平易な言葉で読みやすく楽しめた。しかし、読み終わってみると色々考えさせられるところもある小説であった。
※ネタバレ気にせず感想を書きますので、未読の方はご注意ください
「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」という冒頭の一文で端的にあらわされるように、主人公の「おれ」は直情的な性格である。物理学校を卒業した後、四国にある中学校の数学教師の口を紹介され、東京から赴任することになった。しかし悪戯ばかりしてくる生徒や、どうも信用ならない校長や教頭などに対し、いちいち黙っていられない「おれ」は衝突を繰り返すのであった。
本書を読んだことはなかったが、いくつかは予備知識として知っていた。まず、四国の学校が舞台で、主人公が教師だということ。登場人物に、赤シャツだとかうらなりだとか、妙なあだ名をつけていること。中村雅俊主演で映画化されていること。そして、万城目学さんの「鹿男あをによし」が本書をオマージュした作品だということ。
以上のことから、読む前はコメディタッチの学園青春ドラマみたいなのを勝手にイメージしていた。生徒たちとも最初はぶつかるけど、そのうち信頼関係が芽生えて胸熱みたいな。(特に中村雅俊のイメージにだいぶ引きずられていたと思う)
しかし、実際通して読んでみると全然違う話だった。生徒とは全くもって心が通わない。色々と悪戯され「おれ」がひたすらそれにブチギレるだけである。生徒の名前すら一人も出てこない。教師と生徒の物語ではないのである。ではなんの話かというと、主に教頭の赤シャツ+太鼓持ちの野だいこ vs おれ + 山嵐という、教師同士の反目なのである。
「おれ」は周りの人々と衝突を繰り返す、少々困った人ではあるのだが、下女の清から「あなたは真っ直ぐでよい御気性だ」と言われるように、裏表は全くない男である。損得勘定を気にせず義理人情で動くタイプで、子供の頃からよくしてくれた清に対しては、真っすぐに恩で報いようとする。
教頭の赤シャツは、それとは全く真逆といえる男である。表面上は物腰も柔らかく優しいが、実際は他人を貶めて自分が得をしようとするタイプで、例えば同僚教師であるうらなり君が結婚を約束していた「マドンナ」をなんだかんだとうまいこと横取りしてしまったりするのである。
そんな赤シャツを許せない「おれ」と山嵐は、彼の悪事を暴こうとするが、正直やり方が稚拙であり、政治力では明らかに赤シャツの方が上手である。最後は山嵐も「おれ」も学校を辞職することになり、赤シャツとその腰ぎんちゃくである野だいこを腹いせにぶんなぐって東京に帰ることになるのである。
これで気分は晴れるかもしれないが、赤シャツにとっては大したダメージではないだろうし、「おれ」と山嵐をうまいこと悪者にして終わりだろう。そして、東京に帰った「おれ」は、鉄道会社に職を得るが、給料は下がってしまう。結局教師の職も「損ばかり」に終わったのである。
まあ、口がうまく政治力のある人間の方が得をするというのは世の常ではある。割り切れないものはあるが、そういうものだと受け入れるしかないのかもしれない。リアリティを重視した結果なのかはわからないが、最後に痛快な逆転劇はおこらず、少々苦い結末なのである。
ただ、そういった損得勘定とは別の価値観があることをラストでは示しているように思える。それは、下女であり、ただ一人良くしてくれた清と「おれ」との関係なのである。本当に最後の一ページだけで簡潔にまとまっているのだが、そこが本書を心に残る作品にしていると感じた。
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