課長風月

疲れたサラリーマンの憩いのひと時

雑記:ブログ開設一年後の自己紹介

当ブログを開設して初めて記事を投稿したのが2024年8月24日。なんと、一年がたってしまった。実はブログを書こうとしたのはこれが初めてではなく、それこそ20年くらい前から何回かチャレンジしたことはあったけれど、これまで一度として続いたことはなかった。三日坊主ならいい方で、下手をすると開設して一本も記事を上げないまま閉じてしまったこともあった。

 

しかし、50代に入ったのを機に始めたこの「課長風月」はなんだかんだと続いており、週1~2本くらいの記事はコンスタントにあげられている。これは飽きっぽい自分にとっては快挙である。何とかモチベーションを保っていられるのは、ひとえに当ブログの読者になってくださったり、スターをつけていただける皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

 

さて、開設して一年たった記念に、当ブログと私自身について簡単に自己紹介をしてみたい。いや、開設したらすぐ自己紹介しろよ、と思われるかもしれないが、当時は本当に続けられるかどうかわからなかったので、自己紹介だけしてその後音沙汰なしだとちょっとかっこ悪いなあと思っていたのである。

 

 

まず私について。無明課長というニックネームで記事を書いております。ちなみに、いつもの「である調」で自己紹介を書くと、ちょっと偉そうな感じがするので、ここからは「ですます調」で書いてまいります。

 

「無明」というのは、仏教の「十二因縁」からとっています。十二因縁というのは、人生の苦悩は、無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死という順番で発生するという考え方とのこと。その一番最初の「無明」は、無知のことであり、苦悩の根本原因であるとされています。

こんなことを書くと、仏教に詳しい人のように思えるかもしれませんが、全くそういうことはありません。仏像を見るのは好きですが、お経を読んだことはありません。

 

「十二因縁」という言葉を知ったのは、とある美術館で見た「十二因縁絵巻」という鎌倉時代に描かれた絵でした。こちらからその絵を見ることができます。

bunka.nii.ac.jp

単純に、この絵に出てきた鬼みたいなキャラクターが気に入ったのです。不気味な姿形をしていますが、よくよく見ると愛嬌があって憎めない。ポストカードを買い求め、部屋に飾って眺めていたのです。ちなみに、このブログのアイコンはこの絵から拝借しました。

 

後でこの絵について調べると、上に書いた「十二因縁」の概念を、わかりやすく絵巻物で伝えるためのものと分かりました。この鬼みたいなキャラクターは「無明羅刹」を表しており、苦悩の根本原因として「折た王(せったおう)」に退治されているのです。自分自身も無知を自覚しており、かつ自分の自画像としてもなんとなくしっくりきてしまったので、「無明」をニックネームに使ったのでした。

 

さて、このブログのタイトルは「課長風月」といいます。もちろんダジャレです。このタイトルを考えた時には「フフフ、いい名前が思いついたぞ」と一人ほくそ笑んでいたのですが、寒いギャグだと思われていないかはいつも心配しています。

 

このタイトルは、疲れた中年のサラリーマンが、仕事を離れて風流を味わう、という内容を目指してつけたものです。そう、私は今、少々仕事に疲れているのです。

 

私は大学を卒業してから今に至るまで、ずっとシステムエンジニアをやっています。同業者の方ならわかっていただけると思いますが、まあまあの激務です。ただ、コンピュータやプログラミングが好きだったこともあり、四十代の半ばくらいまでは忙しくてもそれほど苦にはなりませんでした。むしろ、仕事大好き、趣味仕事という感じで、休日も自宅でプログラムを作ったり技術書を読んだりしていました。

しかし、四十代後半くらいから、仕事が苦痛になり始めました。あんなに好きだったプログラミングも、書くのがだんだん面倒くさくなってくる。次々に出てくる新技術を学ぶのも億劫になってきました。体力の衰えはなんとなく心の準備があったのですが、気力の衰えについては不意打ちを食らった気分でした。興味関心の強さより、面倒臭さの方が勝ってきます。

人生下り坂、という言葉が浮かんできました。あー、老いるというのはこういうことだったのか。エンジニアの仕事が好き、ということが自分の最大の強みだと思っていましたが、それは失われてしまいました。私は社交性に乏しい人間です。雑談も苦手だし、お酒も飲めません。年を取ったらこれまでに培った人脈を生かして営業面で活躍する、みたいな芸当は到底出来っこありません。

 

こういうのを、ミッドライフクライシスというのでしょうか。この折り合いをつけるのは簡単ではありません。正直まだ折り合いはついていないかもしれません。さて、どうするか。

 

現時点で私が出した結論は、「特に何もしない」ということです。おそらくですが、これは言ってみればただの心の持ちようの問題であり、時が解決してくれるのではないかと思っています。

以前、私が四十肩に悩んでいた時、薬剤師さんは「大丈夫、五十になれば治りますよ」と言っていました。これはただの冗談で、四十肩も重症化すると腕が本当に上がらないままになるらしいので真に受けてはいけませんが、ことミッドライフクライシスに関しては、シニアになれば治るんじゃないかと思っています。

いくつになっても若々しいままで、新しいことにチャレンジし続けられる素敵な方というのは実際にいらっしゃって憧れますが、残念ながら自分はそうじゃなかったというだけ。ただ、それを心から受け入れればいいのだということ。

 

翻って、このブログは仕事につながるようなことはなるべく題材として扱わないつもりです。明日、より良い自分になるための自己啓発書のようなものも扱いません。小説、歴史、日本美術といった、私が最近好きになったものを味わい、ただ愛でる。

 

私が最近好きな作家、青崎有吾さんの「裏染天馬シリーズ」に、白戸さんという所轄の刑事さんがいます。ベテランの刑事さんで落ち着いた捜査のできる人ですが、ミステリーが好きで「密室」や「ダイイング・メッセージ」というシチュエーションにいちいち反応し、心から楽しみます。今読んでいる「図書館の殺人」で、登場人物紹介欄には「好事家」と記されていました。これを読んだときにピンときました。そう、私がなりたいのは好事家なのです。

 

まあ、趣味でブログを書いていらっしゃる方の大半はもともとそうなのかもしれません。ただ、元仕事人間には当たり前じゃないのです。楽しんでいるつもりが、いつの間にか仕事みたいに頑張っているというか。このブログも書くのになんだかんだと休日の一日をつぶしました。

 

長くなりすぎましたのでこの辺で。今後ともよろしくお願いいたします。