児童文学作家の松谷みよ子さんによる民話紹介。民話の奥深さと魅力を伝えてくれるとっても良い本だった。
本書は、1974年に出版された講談社現代新書「民話の世界」に加筆・修正を加えて2005年にPHP研究所から出版された新装版。50年前の文章ということもあり、時折はさまれる時事ネタからは私自身の幼少期の時代背景が浮かび上がる。最近の子供は刃物で鉛筆を削れないとか。よく言われたなぁ。
ただ、現代の目で見て内容が古いかというとそんなことはない。むしろ、民話が語り継がれてきた時間の長さを見れば、50年前などものの数ではないことが、本書を読んで理解できたのである。
「信州が昔、海であったこと」という章がある。内陸県として有名な長野県も、昔は海だったとか。私はあまり長野には縁がないもので、少々信じられない思いで裏を取ってみようとネットで調べてみたが、確かにその通りのようある。およそ1300万年前には確かに一面海だったとのこと。実際、鯨の化石も見つかっているとか。とはいえ、1300万年前と言われると、現代とは気候もかなり違うだろうし、そんなに不思議とは思わない。
しかし、信州が海だったころの民話が残っている、と聞いたら、さすがに信じられない気持ちにならないだろうか。でも、実際残っているらしいのである。
ただ、1300万年前ではない。残っているのは、信州が一面海だったころではなく、塩水湖が残っていたころの話のようである。もともと海だったところ、水面が下がって周囲は陸化したが、窪みの部分が残って湖になったということだろうか。
むかし、松本・安曇のあたりはまんまんたる湖だったという。その湖の水を泉小太郎という少年が母の犀竜の背中に乗って山を切り拓き、まんまんたる水を北海に落して平野を拓いた。その平野が松本・安曇の両平野だという。また、その時できた川が犀川だという。
実際、「小海」だとか「塩田」だとか、塩水湖の存在を匂わせる地名が残っているとか。
この塩水湖が残っていたというのはいつ頃のことなのか?本書では明確な答えは記されておらず疑問形で残っている。しかし、一般的に言って民話の起源というのは数万年遡れるらしいのである。せいぜい奈良時代くらいのものかと思っていたが、そんなものより全然古い。文字ができるよりずっと前の祖先から、口承で語り継がれてきたものなのだ。
当然、時代を経るに従い少しずつ変化して現在に至っているのだろうけれども、数万年前の祖先の物語が今に伝わっているなんて。これはものすごく尊いものなのではないだろうか。
上記以外にも民話に対して様々な切り口で語られる。例えば、昔から伝わる話の中に含まれている差別のこと。著者は、これを民話と呼んで悪意なく語り継いでいくことへの葛藤を表す。また、その時代時代のプロパガンダとして民話が使われてしまうことの危うさ。「民主主義桃太郎」の話はなかなか刺激的だった。様々な地域で民話を採訪し、「民話の会」で意見を交換し、考え続けてきた著者だからこそ書ける内容だと思う。
本書を通して読んでみると、著者が好きな民話というのがどういうものかも段々わかってくる。それは、変に教育的だったり作為的だったりせずに、当時の人々のありのままから紡ぎだされたものである。そういった著者好みの民話の具体例もいくつか収録されている。実際、不道徳な話、怖い話、笑っちゃう話もある。読み終わるころにはすっかり民話が好きになってしまったので、また関連書籍など読んでみたい。
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