米澤穂信さんの長編ミステリー。とっても面白かった。
※決定的なネタバレは書きませんが、内容には触れるので未読の方はご注意ください。
当ブログで米澤さんの作品について書くのはこれが初めてだが、実はこのブログを開設する前から結構読んでいる。未読はおそらく「犬はどこだ」「折れた竜骨」そして、本書「インシテミル」のみだったはずである。お名前を知ったのは2021年に「黒牢城」で直木賞を取った後なので古くからのファンというわけではないけれど、好きな作家と聞かれたら迷わず挙げる。
「インシテミル」は2007年刊行(私が読んだ文庫版は2010年刊)。今では直木賞の選考委員も務めて大御所になりつつある米澤さんではあるが、背表紙には「いま注目の俊英」などと書かれていて時の流れを感じるのである。
映画化されたらしく、米澤さんの作品の中でも有名な作品だと思うが、未読のまま残していたのは「デスゲームもの」という頭があったからである。これはジャンル的な食わず嫌いで、青少年が血みどろになって殺しあうみたいなのはあんまり読みたくないなぁと思っていた。まあ、他のデスゲーム系の作品も読んだことはないのでそういうものなのかも知らないんだけれども。
しかし、実際読んでみたら血みどろの殺し合いでは全くなかった。確かに参加者同士の殺し合いの要素はあるのだが、古典ミステリー作品へのオマージュを散りばめたクローズドサークルミステリーといった趣である。このジャンルは大好きである。これまで読んでいなかったのがちょっともったいなかった。
主人公の結城理久彦は大学生。女子にモテるため車が欲しかった結城がコンビニでアルバイト情報誌を立ち読みしていたところ、美しい女性に声を掛けられる。女性の名前は須和名祥子。求人情報誌の読み方がわからないので教えてほしいという。二人で情報誌を見ていると、一件の求人が目に入る。仕事内容は「ある人文科学的実験の被験者」で、時給はなんと十一万二千円。当然誤植だろうと取りあわない結城だったが、須和名は大いに乗り気で応募するつもりだという。須和名と車。両方に惹かれた結城もまた、アルバイトに応募したのであった。
この後、様々な思いで応募してきた十二人の男女が「暗鬼館」なる館に集められるのだが、当然時給十一万二千円なんていうアルバイトがまともなものであるはずもなく、予想通りクローズドな空間で命をかけたやり取りが始まることになる。
ミステリなのであまり細かいことは書かないけれども、ユニークなのは十二人の登場人物それぞれに、古典ミステリの名作で出てきた凶器が一つずつ渡されること。そして、お互いがどんな凶器を持っているか、隠すかオープンにするかは本人に任されること。殺人現場に残った凶器を持っていたのは誰なのか?を推理するとともに、いったいどの作品のどんな凶器が出てくるのだろう?という楽しみがあるのである。
また、米澤さんの若い頃の作品は、ミステリであるとともにちょっとほろ苦い青春小説でもあるのだけれど、この作品もまたその特徴を含んでいる。古典部シリーズや「ボトルネック」ほどそれが前面には出ていないものの、若者の、少々肥大化した自尊心や自意識をざっくり抉ってくれるのである。
全体としては、とにかくリーダビリティが高い。特に第一の殺人が起こった後は物語の緊迫感がぐっと増し、気が付くと、あれ、もうこんなにページ進んでいたっけ?という感じなのである。ラスト、動機の面は若干ぼやかされてしまった感はあるけれど、まあその辺はそれほど重要ではないのだろう。間違いなく、面白い作品だった。
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