日本一有名な小説家・・・といっても差し支えないであろう夏目漱石。少し前に「坊っちゃん」を意外と楽しく読めたことに気をよくして、今回は「三四郎」に挑戦。読んでみた率直な感想は・・・わかったようなわからないような。でもまあ、明治の文学を読んでいるぞ、という雰囲気は楽しめたかなー、と思う。
ちなみに、ネタバレを気にするような作品でもないと思うので、今回そのあたりは何も気にせずに感想を書いていきたい。

本作のものすごく大雑把なあらすじとしては、熊本から東京に出てきたばかりの大学生・三四郎が、都会の女性であるところの里見美禰子に恋をするが、最後にフラれるという話である。ストーリーはそれだけなので、物語の起伏を楽しむ作品ではない。東京に来たばかりの三四郎が出会う、個性豊かな人々との会話を楽しんだり、当時の東京の街歩きの様子を楽しんだり、美禰子といるときの三四郎の胸の高鳴りを楽しんだりといった作品だと思う。
主人公の三四郎は、名門熊本五高を出て、東京帝国大学に入学するくらいであるから、かなりのエリートである。実家はお金持ちで、使用人もいる。母親とも頻繁に手紙のやり取りをしていて溺愛されていることが伺える。ただ、あまり口の回る方ではないようで、会話の中ではいつも聞き役という感じだし、東京のインテリたちが色々と難しいことを言うのに対しても、わからないことは素直にわからないと言い、知ったかぶりをする様子がない。付き合いも良い。地味だけど人の好い男である。
対して、ヒロイン・里見美禰子は、快活で聡明な女性である。背表紙の説明には「自由気儘な都会の女性」と表現されていた。現代的だなとは思うが、そこまで奔放な感じはしない。このあたりは、もしかすると、現代人と、当時本書をリアルタイムで読んでいた明治の人とは異なった感想を持つポイントかもしれない。田舎から出てきた地味な青年が、都会の華やかな女性に恋をする、という構図ではあるが、私にはそこまで不釣り合いには思えなかった。
三四郎の気持ちは主人公なだけにはっきりとわかるが、美禰子の気持ちがどこにあるのかは、読んでいても明確には示されていない。三四郎に惹かれているようにも思えるし、野々宮という別の登場人物に惹かれているようにも思える。「迷える子(ストレイ・シープ)」という謎めいた、意味深な言葉をつぶやく美禰子。この言葉は三四郎にも伝染する。その揺れ動く心は幾通りにも解釈ができそうであるが、最後は全然別の人との結婚という形で終わりを迎える。謎は謎のままである。こういったところを、あーでもない、こーでもないと考えて読むのが本書を楽しむポイントなのかもしれない。
あと楽しかったのは街歩きのシーンである。本郷の東京大学近辺や、千駄木の団子坂を降りてから谷中の方へ向かうところなどが描写される。最近私もこのあたり散歩したばかりなのでなんとなく地理の感じがわかる。そして何より、その当時の「現代」風景が、当時の作家の目で描写されているのが一段と感慨深いのである。これはまさに昔の小説を読む醍醐味だと思うのである。
「三四郎」「それから」「門」で、前期三部作と呼ばれるそうである。次は「それから」を読んでみようかな。
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ところで、先日神田古本祭りで8冊も仕入れてしまったので、しばらく積読本の解消に努めるつもりである。ターゲットは15冊で、本書はその中の1冊。
↓しばらくこんな感じでメモして、積読解消のモチベーションとする。
積読解消状況(1/15)