司馬遼太郎さんの幕末の暗殺事件を題材とした連作短編集。重い話になるかと思いきや、ユーモアも交えて意外とからっとした読み心地。面白かった。

日本で歴史小説家といえば一番に名前が挙がるような方だと思うけど、実はこれまでそれほど読んでいない。「項羽と劉邦」「竜馬がゆく」「功名が辻」くらいだったろうか。前の二つは読んだのも遠い昔の学生時代である。有名すぎるが故に逆に手が出なかったというか、なんとなくど真ん中を避けたがる私の捻くれた性向が表れているのである。そういえば、ミステリーでも東野圭吾さんとかあんまり読んでないんだよなぁ。だいぶ年も取ったことだし、こういう妙なこだわりを早く捨て去りたい。
本書は、幕末の佐幕派と尊攘派の争いの中で起きた暗殺事件を描く12本の短編集である。ただ、その事件の歴史上の意義や位置づけを語るというより、暗殺者と、その被害者の個人的な体験を描く物語といえる。
例えば冒頭一本目の「桜田門外の変」。主人公は大老・井伊直弼を殺害した薩摩藩士、有村治左衛門である。治左衛門は三人兄弟の末っ子で、事件が発生した安政七年の前年に江戸詰めとなり、故郷の薩摩の国から出てきたばかりの、素朴で真面目な青年であった。
治左衛門は、安政の大獄で獄死させられた薩摩藩士、日下部伊三治の遺族である妻と娘と、江戸で家族同然の付き合いをしていた。大獄を主導した井伊への復讐を誓う遺族母娘は、暗殺実行の前日、治左衛門に娘との結婚を申し出るのである。
小説なので人物像はあくまで創作だと思うが、この結婚自体は記録に残っているそうである。幕府滅亡のきっかけとなったとも言われる事変の実行犯の素顔はこんな感じだったのかもと思わせる。
誰でも知っているような有名人が出てくる短編もある。八本目「死んでも死なぬ」の主人公は伊藤俊輔、後の伊藤博文である。お札になっているような明治の元老が、暗殺事件の実行犯だったという事実に少々驚いたが、若き日の井上馨と共に、高杉晋作の使い走りみたいな立ち位置で暗殺のために悪戦苦闘する様がユーモアも交えて描かれて面白い。
全体としては、血沸き肉躍るようなエモーショナルなシーンはほとんどなく、冷静な書きっぷり。幕末の志士たちとはいっても、女性のことで悩んだり、行き当たりばったりな行動で失敗したり、お酒を飲んで気が大きくなったりと、案外普通の(と言っていいかはわからないが)若者たちだったんだなと思わせる。史実と創作の配分がうまいのだろうと思うけれど、佐幕派、尊攘派のどちらに肩入れするともなく、フラットに描かれているように思え、リアリティを感じられる短編集であった。
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