課長風月

疲れたサラリーマンの憩いのひと時

読書「彰義隊」吉村昭

幕末から明治を舞台にした、吉村昭さんの歴史小説。タイトルから彰義隊の成り立ちや個々の隊員を深堀りした小説を期待していたが・・・そうではなかった。タイトルに偽りあり、と言いたくなるところだが、その真意は「あとがき」で明らかにされる。少々読むのに難儀したが、読んでよかったとは思う。

 

 

幕末には最近興味があって、関連する書籍をちょこちょこ読んでいる。

karaage365.hatenablog.jp

司馬遼太郎さんの「幕末」は、幕末の暗殺事件をテーマにした短編集。ここに「彰義隊胸算用」という短編が入っている。彰義隊の少々残念な内情をユーモアを交えて書いたもので、とっても面白かった。しかし、これはおそらく、一般的な彰義隊のイメージを覆すものだろう。そういう意味で、別の彰義隊物も読んでみたいなと思っていた時に、図書館で本書を見つけて借りてきたのである。

 

 

しかしながら。

 

なんと、本書の主人公は、彰義隊ではなかったのである。彰義隊のリーダーであった渋沢成一郎天野八郎の名前も、数えるほどしか出てこない。じゃあ、誰が主人公なのか?というと、上野戦争の当時、寛永寺の山主であった輪王寺宮(後の北白川宮能久親王)なのである。そのことに気が付いのは、本書の半分くらい過ぎた時であった。

 

徳川家の菩提寺である寛永寺の山主は皇族が務める習わしとなっていたようで、代々輪王寺宮法親王と呼ばれる。この時の輪王寺宮である能久親王は、明治天皇の叔父で当時22歳。最後の輪王寺宮でもある。

 

徳川家の菩提寺だけあって、輪王寺宮の周りには徳川幕府に同情的な者が多く、新政府軍への反発から彰義隊に好意的であった。しかし、彰義隊鎮圧に動いた新政府軍により、輪王寺宮は反政府側の人間として上野戦争に巻き込まれてしまうのである。

 

上野戦争は最初の150ページくらいで割とすぐに、新政府軍の圧勝で終わってしまう。そこから輪王寺宮の東北に向けた長い長い逃避行の物語となる。あとがきによれば、ここは元々まとまった記録がなく、作者が輪王寺宮の道筋を追って丹念に史料を集めて構成したものだそうだ。いわば、この足取りこそが読みどころではあるのだが、大雨の中新政府軍の目に怯えながら逃げ続ける描写は重苦しく、正直読んでいてつらい。

 

その後なんとか東北に落ち延び、奥羽越列藩同盟の盟主として担ぎ上げられるが、これまた朝廷軍に割とあっという間に敗北。ついに降伏して謹慎の身となるのである。

 

輪王寺宮が、これだけの体験を20代前半でしているというのがどうにも信じられない思いである。本書で描写される輪王寺宮は、落ち着きがあり、いつも思慮深く思いやりもある人物である。読んでいると50~60代くらいの人物に思えてしまう。皇族であり、僧でもあるという境遇がそうさせるのだろうか。

 

そこから先は、許されて海外留学をしたり、陸軍で重要なポジションについたりと、輪王寺宮の第二の人生が始まる。ただ、皇族の中でただ一人朝廷に反抗する立場をとったことは、輪王寺宮の心に終始重くのしかかる。

 

戊辰戦争は、結局のところは薩長徳川幕府の権力闘争であり、どちらが正義でも悪でもないように思える。本書での輪王寺宮は、損得勘定ではなく、その時その時の周りの人々の期待に応えるべく動いていた人、という印象を持った。それはとても高貴な魂のなせるわざなのだろうけれども、たまたま負けた方についてしまったが故の苦悩の深さに胸が痛むのである。

 

↓よかったらクリックお願いいたします。