課長風月

疲れたサラリーマンの憩いのひと時

読書「幽民奇聞」恒川光太郎

2026年1月末に刊行されたばかりの、恒川光太郎さんの最新作。これぞ恒川さん、という期待通りの作品であった。やっぱりいいなぁ、好きだなぁ。

 

まさかの新刊ラッシュである。

昨年10月に大長編「ジャガー・ワールド」を上梓したばかりの恒川光太郎さんの最新作が、その後わずか3か月で出版されるとは。ただ、2022年にも短い期間で2作(5月に「化物園」、7月に「箱庭の巡礼者たち」)出版されていたようだ。もともと、複数作品を並行して執筆される方なのかもしれない。

 

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当ブログでも感想を書いたが、「ジャガー・ワールド」は傑作であった。しかし、恒川さんの作品の中では異質である。600頁の大長編というのも初めてだし、マヤ文明という実在の文明(内容は完全に架空だが)を扱っているのも珍しい。恒川さんの作品に付き物の、想像上の怪異が出てこないのである。

 

しかし、本作はまさに恒川光太郎、としか言いようのない連作短編である。言ってみれば、恒川作品の王道である。

 

民族学者の鶯谷弦也は、「キ」という存在について研究している。どうやら、明治の中頃までは確かに存在していたらしいのだが、その実像は全く掴めない。少なくとも「鬼」ではないらしい。

 

一本目の「鬼婆図探訪」は、鶯谷がとある画家の家を訪れるところから始まる。その画家は、幕末の生まれで昨年死去したばかりだが、どうやら「キ」を題材とした作品を制作していたらしいのである。画商をしている学生時代の同級性からそのことを聞きつけた鶯谷は、商談に付き合うという名目で一緒に訪問を行った。

 

しかし、そこから話は一転、その画家の少年時代に移る。どうやら画家は、戊辰戦争の悲劇として有名な、二本松少年隊の一人だったようである。新政府軍に敗れ壊滅的な被害を受けた二本松で、命からがら逃げおおせた。そこから「キ」と呼ばれる謎の集団と出会い、「鬼婆」と二人で暮らす不思議な日々が描かれる。

 

二本目の「夢狒々考」は、いわゆる妖怪であるところの狒々(ひひ)の日記の現代語訳という体。三本目「最後のキ」は、鶯谷が、現代に生きる最後の「キ」ではないか?と思われる人物から話を聞くという体の物語である。

どれも、「キ」という存在の、不気味でありながらどこか飄々としていてユーモラスな面が描かれる。

 

読者の我々は小説中の描写により、「キ」の存在を直接知っていることになる。しかし、作中の民族学者・鶯谷は直接それを知ることはできず、当時の資料や絵、あるいは信用してよいかわからない語り手を通して「キ」の存在を推測するしかない。歴史に埋もれてしまったが、当時は存在していた怪異なのである。本作を読んでいると、そこにある種の郷愁のようなものを感じてしまうのである。

 

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