昨年、生誕100年で盛り上がっていた安部公房に遅ればせながら挑戦。代表作の一つ「砂の女」の感想。一言でいうと、それなりに面白かったけど、とにかく読んでイヤな気持ちになった笑
※以降結末にも触れるので未読の方はご注意ください。
主人公は、昆虫採集が趣味の男性教員。長期休暇を取得し、新種の昆虫の発見を目的に砂丘を訪れる。そこで村人たちに謀られ、蟻地獄のような砂の穴で、女と二人での共同生活を余儀なくされる、というのが主なあらすじ。
穴の中は始終砂が降り積もり、雪おろしならぬ砂おろしをしないと天井が抜けてしまうとか、食事をするときに砂が中に入らないよう、傘をさすとか。よくよく考えるとそんなわけないよなぁ、というコントみたいな設定なのだが、砂にまみれた生活の描写が妙にリアルなので、男が抱く不快感やイライラが(特に望んでないけど)追体験できてしまう。このあたりが作家の力量なんだろうな。
水の配給を握られているばかりに、無意味な砂おろしの重労働を拒否できない状況は奴隷労働と同じだが、つらさ一辺倒でないところが実に巧妙で、たまに煙草や焼酎の配給があったり、頼むと新聞を読ませてもらえたり、内職で得たわずかな給金でラジオを買えたりとささやかな、本当にささやかな喜びがある。
男は何度も脱出を試みるのだが、その抵抗にかかる苦しさや失敗したときの惨めさもまた、見事な筆力で描かれるので、もうあきらめて女と二人砂の穴で暮らした方が幸せなんじゃないかなぁなんて思わされてしまうのである。
ラストで男は、脱出のチャンスが目の前に転がっているのにそれをしない。しかも、あきらめたのではなく先送りする。「脱出はまた翌日に考えればいい」と言って、仕掛中だった砂の穴の中で水を作る研究に戻り、上にいる奴らをギャフンと言わせることを夢見てそちらを優先させるのだ。実に本末転倒だが、なんとなく気持ちがわかってしまうのがまたイヤなところである。
なんだかんだと人間真理をついているから読んでいてイヤ気持ちになるんだろうな。名作といわれる所以はこういうところにあるのだろうか。