課長風月

疲れたサラリーマンの憩いのひと時

読書「迷路館の殺人」綾辻行人

綾辻行人さんの館シリーズ三作目。仕掛けが盛りだくさんで楽しめる作品だった。

 

大昔に読んだはずの館シリーズ読み直し三作目である。例によって内容はほとんど覚えていなかったので、全く新しい作品として読めた。

 

大物推理作家・宮垣葉太郎が、自らの還暦記念パーティのため、自宅である「迷路館」に気心のしれたメンバーを招集した。四人の若手ミステリ作家、一人の評論家、一人の編集者とその妻、そして「ミステリマニア」島田潔の合計八人。館に到着後、主人の登場を待つ八人であったが、なかなか姿を見せない。そんななか、宮垣の秘書・井野が告げたのは、宮垣の自殺。遺書には、この場で四人のミステリ作家に短編小説を競作させて、最も優れた作品を書いた者に宮垣の莫大な遺産を相続させると書かれていた。

 

本書の凝ったところは、プロローグとエピローグを除いて、鹿谷門実なる人物が書いた推理小説となっている点である。表紙や奥付、あとがきなんかもちゃんとある。「迷路館で発生した実在の事件」をもとにした推理小説という体で話が進む。鹿谷聡実は、作中の登場人物の中の一人だが、それが誰なのかは読んでみてのお楽しみ、という趣向である。

 

館の中で、一人、また一人と人が死んでいく展開はクローズドサークルミステリーに典型的なものだけど、サスペンスの描き方がうまいのか、ぐっと引き込まれてしまう。不可解な謎がいくつもちりばめられていて飽きさせない。最終盤に至るまで、驚きの連続で、シンプルな感想になってしまうけど、とにかく面白かった。終盤は一気読みでした。

読書「奇のくに風土記」木内昇

木内昇さんによる連作短編小説。江戸時代後期、紀伊国の本草学者である畔田翠山が主人公。ちょっと幻想小説の風味もついた、ほのぼのした雰囲気の良い小説であった。

奇のくに風土記

奇のくに風土記

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木内昇さんの小説を読むのもこれで四冊目。「よこまち余話」→「占」→「漂砂のうたう」と来ての本作だが、全部好きである。「面白い」というより「好き」なんだな。この語り口、この世界観。心に馴染む。

 

紀伊の国の藩士の息子である十兵衛は、植物が大好きで、一人で山に出かけては観察に没頭している。その反面、人と話すのが苦手で友達がいない。また武士としての向上心もなく、母親からはいつも小言を言われている。そんな彼を目にかけている、本草学者の小原桃洞は、当時の紀伊国藩主・徳川治宝(はるとみ)に口をきいて、自らが管理を任されている御薬園の仕事に、十兵衛を抜擢する。十兵衛は喜び、御薬園で熱心に働くが、それを面白く思わない桃洞の弟子たちは、十兵衛につらく当たるのであった。

 

この十兵衛というのが、後の本草学者・畔田翠山なのだが、そもそも畔田翠山とはどういう人だろうか。Wikipediaで調べてみると、残された膨大な著作は本草学というより博物学と言えるものとのこと。つまり、薬として実用的に使うことより、植物自体を知ることに重きを置いている。しかしその業績が評価されたのは死後50年ほど後の明治時代で、長らく忘れられていた存在だという。本書の十兵衛も、もちろん薬を作ることを一生懸命やるのだけれども、どちらかというと植物が好きでたまらないから、楽しくて調べているという感じに描かれている。

 

いいよなー、この純粋さ。出世もお金もあまり興味なくて、ただ好きだからやるという。自分もこういう風に生きられたらと思うことはある。でもそこまで思い切れない。自分がやりたいことではなく、他人が求めていることをやるのが、一番仕事として固いんです。

 

本書は、人が苦手だった十兵衛=翠山が、植物を通して様々な人々と関わるうちに、徐々に心を開き、また周りにも、認められるようになっていく成長物語でもある。珍しい展開ではないけれど、やはり読んでいて気持ちが暖かくなる。

 

そして、天狗をはじめとして、様々な怪異と十兵衛=翠山との交流を描くものでもある。死んだ父が定家葛の蔦を伝って十兵衛に会いに来るとか。白山に伝わる伝説の百合姫に会ったりとか。ほのぼのしたファンタジー風味がまた良い味わいを加える。ページをめくる手が止まらない、という作品ではないけど、やっぱり「好き」なんである。

読書「六人の嘘つきな大学生」浅倉秋成

初読み作家・浅倉秋成さんによる就職活動を舞台にした長編ミステリー作品。仕掛けがうまく、話が進むにしたがって見えていたものがガラリと変わる。とても面白い作品であった。

 

少し前に話題になっていた作品が、図書館の返却棚にひょっこり置いてあったので借りてきたのである。「少し前」と書いたけど、2021年刊なので、もう5年も前のことだったか。時のたつのは早い。

 

2011年。今をときめく新興IT企業の新卒最終選考に残った、六人の大学生たち。当初はみんなで力を合わせて課題を達成することで、六人全員が内定を得られると説明されていた。しかし東北の震災を気にルールが変わる。全員採用することが難しくなったので、内定者は一人だけ。六人で話し合いをして、誰が最もふさわしいか選んで欲しいという。最初はチームプレイに徹していた六人に、緊張感が走る。そんな中、最終選考の会議室に、六人全員の「本当の姿」が書かれたという謎の封筒が落ちていることに気づく。封を切ると、そこにはメンバーの知られたくない過去が明かされていた。

 

私が就職活動をしていたのはもはや三十年近く前のことで最早すっかり忘れていたのだが、読んでいたらあの時のイヤーな気持ちが、蘇ってきた。この小説でも出てくるけど、とにかくグループディスカッションというのが嫌いだったなぁ。自分は協調性はある(と思ってる)けど社交性はないので、気後れが勝り何もできずに終わりがちだったのである。

 

思い出語りをしてしまった。

 

さて、本書で出てくる六人は、とても優秀な学生たちである。社交性もあり、協調性もあり、自分の意見をしっかりと述べることが出来る。そして何より、この会社で働きたい、という強い意志を持っている。前半は彼らのやる気と前向きな姿勢に、半ば感心しつつも、くたびれた中年の自分にはついてけない世界だなぁと、やや引き気味に読んでいた。しかし、中盤くらいからこの学生たちの裏の顔が明らかになるにつれ、俄然興味を惹き始める。あー、性格悪いな、俺。

 

しかし、最後まで読むと「キラキラした学生の化けの皮を剥ぐ」という話ではないことが分かる。人は一面だけを見て語れない。自分自身が持つ複雑さは、見えていないだけで他人も持っている。当たり前のことなんだけど、ついつい忘れがちになるそのことを、思い出させてくれたのである。

 

 

読書「作家の人たち」倉知淳

作家をテーマに据えた、倉知淳さんの「非」ミステリ連作短編。皮肉たっぷりに描かれる出版業界の裏側は、かなり誇張されてはいるだろうけれども、とても面白くあっという間に読めてしまった。

 

小説を含む創作作品について、作品世界だけを純粋に楽しむべきだという人と、それを創作した作者にも興味がある人。二手に分かれると思うが、私は後者である。作家がどういう人で、どういう生活をしているのか、どういう思いで作品作りをしているのか、ものすごく興味がある。思えば若い頃は、藤子不二雄A先生の「まんが道」が大好きであった。

 

そんなわけで、作家本人が、仕事の裏側を見せるようなこういう作品は大好きなのである。ただ、本作は著者本人が「ちょっとふざけただけ」と最後に書いている通り、業界を皮肉りつつも、面白可笑しく読者を楽しませることに徹している。なので、ここに書かれたことは明らかにフィクションだろうと分かりつつも、なんとなくこういうのありそうだなと思わせるという、ギリギリ微妙なバランス感覚の作品群なのであった。

 

短編は全部で7本。全部面白かったので、簡単にご紹介。

 

押し売り作家

本が売れないベテランミステリ作家「倉――」氏によるしつこい小説持ち込みに辟易としている編集者たちの物語。「赤潮社」「謹談社」など、微妙に名前を変えた出版社の名前が笑える。ただの面白小説かと思いきや、最後にはあっと驚く仕掛けが。そうだったんか。

 

夢の印税生活

デビューしてから数年間の、作家の印税収入額の変遷を描く小説。最初は自分の本が出版されて、天にも昇る気持ち。精力的に作品を書き続けるが、徐々に売上というシビアな現実が迫ってくる。夢がないなー。

 

持ち込み歓迎

社長の鶴の一声で新人の持ち込みを大々的に募集することになった中堅出版社の様子を描く。箸にも棒にも引っかからないような候補者が押し寄せて難儀する。非常識な人達ばかりだけれど、何となくこういう人いるかも、と思わせる

 

悪魔のささやき

〆切をすっかり忘れていた売れっ子作家が、突然現れた悪魔に〆切を伸ばしてもらうことを依頼するという話。おそらく、作者も何回か経験しているのではないだろうか、と思わせる発想の小説である。

 

らのべっ!

ラノベ業界残酷物語。意外な展開に苦笑いしつつ、これが実態だったら怖いなーと思う。

 

文学賞選考会

近未来の直木賞、ならぬ植木賞選考委員会の様子。同時選考は茶川賞。ネーミングは笑えるけど、本好きには苦笑いせざるを得ないような、不都合な未来が描かれている。

 

遺作

本が売れないベテランミステリ作家「倉――」氏再登場。ついに自作出版の希望が絶たれた作家は、死を前にして何を思うのか。意外にもちょっとした感動作。

 

さて、これまで読んだ倉知先生の本はどれも面白かったけど、本作を読んだら、もしかすると倉知先生ご自身も本の売上に頭を悩ませておられるのではないかと余計な心配をしてしまうのであった。

図書館ばかりで借りているのがなんとなく申し訳なく、先日最新作の「犯人は現場に首だけ戻る」は購入させていただきました。まだ読んでないけど読むのが楽しみ。

 

読書「漂砂のうたう」木内昇

明治10年前後の、根津遊郭を舞台にした木内昇さんの長編小説。変化の時代の真っ只中で喘ぐ人々を描いている。終始重苦しい雰囲気ではあるが、感動的な小説だった。

 

木内昇さんの小説を読むのは「よこまち余話」「占」に続きこれが三作目。いずれも明治~大正期を舞台としているが、描いているものはかなり異なる。「よこまち余話」は、幻想的なほのぼのテイスト、「占」は皮肉なユーモア短編という趣だった。今回読んだ「漂砂のうたう」は、一番シリアスな内容だったかもしれない。2010年発行で、直木賞受賞作である。

 

主人公は、根津遊郭の中見世「美仙楼」で立番として働く定九郎。遊郭の仕事に身を入れるわけではなく、日々に流されるように生きている。遊郭の楼主が経営する賭場からの上がり銭を少々くすねて金を貯め、いつか此処から抜け出すことに希望を持っている。かといって抜け出したら何かやろうという思いがあるわけでもないのである。

定九郎は、もとは武士の次男であった。父は戊辰戦争で幕軍にも官軍にも加わらず、一族は離散。なんとなく遊郭の仕事に落ち着いたのであった。

 

どこだったかは忘れたが、本書のことを、時代に取り残された人を描く小説だと紹介されていた。定九郎は武士として育てられたが、大政奉還があったのが十六歳の頃。思っていた将来が、突然なくなった人なのである。もう少し子供であれば、新しい時代にうまく順応できたかもしれない。もう少し年をとっていれば、あきらめもついたかもしれない。少々やさぐれてしまうのも仕方ないのかもしれない。そんな定九郎の屈託が、余すところなく描写されているのである。それがなんとなく身につまされる部分があるというか、ああ、わかるなあこういうの、と思えてしまうのである。共感しながら読む人と、焦れったく思いながら読む人、様々だろうと思うけど、私は前者です。

 

作品世界は明治の昔ではあるけれども、時代の変わり目という意味では、AIが台頭したばかりの現代にも共通するところ。私の職業はAIに代替されると言われている。なんとかついて行こうとしている。でも、心の底からは乗り切れない。まあ、はっきり言っちゃうと嫌いです。有用だけど嫌い。そんな中、時代の流れに素直に乗って、バズワードを連呼する人々を少々冷笑的に見てしまう自分と、自由民権運動にかぶれる人々を斜めから見る定九郎が重なってしまうのであった。それ、自分のためにならないよとわかっているけどやめられないというか。

 

木内昇さんも、小説を書いた後、十数年後にこういう状況で主人公に身を重ねる人が出てくるとは思わなかっただろうけれども、それだけこの作品に普遍性があるということかなと思っている。

 

色々書いてしまったけれども、作品は重苦しいままでは終わらず感動的に締めくくられるのである。

読書「恋する殺人者」倉知淳

倉知淳さんのミステリー。短くて字も大きいので、中高生向けの作品かな?なんて思っていたけど、なかなかの驚愕展開。ミステリランキングとかには入っていないけど、個人的には傑作じゃないかと思っている。

 

 

2回連続の倉知さんである。なんでこんなに倉知さんの本ばっかり読んでいるかというと、うちの奥様がどんどん図書館で借りてくるからなのである。まあ、私は私で最近は仕事が忙しかったこともあり、歴史小説とかSF大作みたいな歯ごたえのある小説を読む気分じゃなかった。倉知さんの作品はサービス精神満点の娯楽小説なので、こういう時にぴったりなのであった。働いているとなぜ本が読めなくなるのか、と疑問をお持ちの方々に、いや、倉知淳なら働いていても読めるぞよ、と言ってあげたい。

 

本書は、2023年発行。

 

語り手は二人。大学生の男の子と、彼に恋する女の子。男の子の方は、子供の頃から姉のように慕っていた従妹の死亡事故に疑問を持ち、調べている。そして女の子の方は、その従妹を殺した殺人犯である。シスコンならぬイトコン(従妹コンプレックス)の彼との仲を進展させるためには殺すしかないでしょ、という極めて軽いノリで殺人を犯す相当にヤバイ奴である。彼らの独白が交互に続く形で、真相を知りたい男の子と、知られたくない女の子の攻防が描かれる。

 

犯人の一人称パートがあることから、手口はあらかじめ開示されているし、あとはことの成り行きを見守るだけかな・・・と思っていると、あれよあれよと、とんでもないことになるのであった。

 

まあ、ちょっとクレイジーな登場人物がでてくるけど、そういうの嫌でなければおすすめの作品です。

読書「猫の耳に甘い唄を」倉知淳

倉知淳さんの長編ミステリー。趣向を凝らした仕掛けが楽しめる、倉知さんらしい作品であった。面白かった。

 

倉知淳さんは最近のお気に入り作家で、我が家でちょっとしたブームになっている。作品を読むのはこれで五作目だが、フェアとアンフェアのギリギリをつくような、大胆な仕掛けが多くていつも楽しませてもらっている。それでいて、物語はユーモアに満ちていて気軽に読める。読者を楽しませようというサービス精神のかたまりのような作風なのである。

 

本書は、2024年の作品。

 

主人公は、冷泉彰成(れいぜんあきなり)。職業はミステリー作家である。プロとして15年活動しているが、「知名度なし、代表作なし、人気なし、増刷することなし」の四流作家を自称している。そんな冷泉の元に、ある日読者から二通のファンレターが届けられる。一通は若い女性の本物のファンからと思われるもの。もう一通は、冷泉の「真の理解者」を自称する怪しげなもの。そこには、「冷泉の思想を知りもしない癖に愛読者を名乗る女」を殺したことを匂わせる、不穏な文面が並んでいた。ただの悪戯か何かと思って黙殺する冷泉であったが、ある日冷泉の元に警察が訪れる。そして、冷泉にファンレターを送った女性が殺されたことが知らされるのである。

 

序盤は作家の自虐?ネタで結構笑わせられる。倉知さん自身はミステリランキングの常連だし、充分に一流作家だと思うのだけれど、駆け出しの時の記憶なのか、妙にリアルなんである。特に、四流作家としての仕事術というか、業界で生き残るためのサバイバル術みたいのが、逆説的で面白い(読者を見るな、編集者を見ろ、みたいな)

 

そんな感じで文章が面白いのでするする読めるのだが、やはり本書の醍醐味は何といっても本筋の仕掛けの方である。正直登場人物がそんなにいないので、犯人になりそうな人物は限られる。それでも驚かされるのだから、やっぱり手練れだなと思うのである。