課長風月

疲れたサラリーマンの憩いのひと時

読書「高瀬庄左衛門御留書」砂原浩太郎

初読み作家、砂原浩太郎さんの時代小説。なかなか面白かった。

 

※以下、内容に触れますので未読の方はご注意ください。

 

江戸時代、とある地方の小藩・神山藩。新木村(にいきむら)の郡方(こおりがた)を務める高瀬庄左衛門は50代の初老の武士。男やもめで息子夫婦と暮らしていたが、ある日事故で息子を亡くしてしまう。

 

主人公の庄左衛門は非常に抑制的な人物である。

郡方というのは、農村の管理を担う役人のようだ。二十程度の村を管轄しているというのだから、決して低い地位とは言えないだろうが、かといって藩の上層部というわけではなく、自ら村廻りもする中間管理職のような立ち位置のようである。

それ以上の出世を望むわけでもなく、楽しみは絵を描くこと。それも、絵で名を上げようなどとは露ほども考えず、ただ楽しいからと自分のためだけに描くのである。そして描くのは人物ではなく風景画。おおよそ欲といったものとは無縁の、脂っけのない枯れたおじさんなのである。

 

本書の魅力は、この庄左衛門のキャラクターにある。下の者には優しく、男気もある。余計なことは喋らず、でも切り返しはなかなかユーモアもある。過去に少々陰はあるものの、ひねくれたりはしない。とにかく人格者なのである。この清廉な人物を嫌いになる人は少ないだろう。

かく言う私もこのような境地に至りたいと常々考えているのだが、自分の書いたはてなブログにつくスターの数に一喜一憂しているようでは難しいかもしれない。この承認欲求の深さ、なんとかならないものか。

 

しかしながら、この庄左衛門氏を少々惑わせる人物がいる。それが、息子の嫁であるところの志穂である。

庄左衛門の息子・啓一郎と志穂の夫婦はうまくいっていなかった。志穂はかいがいしく尽くすのだが、啓一郎の方が志穂につらく当たる。思うような出世を得られない不満が表に出てしまう。そんな志穂を不憫に思った庄左衛門は、自分の趣味である絵を通じたささやかな交流を行っていた。

庄左衛門の絵に感銘を受け、素直に感動を口にする志穂。満更でもない庄左衛門。そして、その後訪れる啓一郎の死。

 

これはなかなかスリリングである。庄左衛門も志穂も二人とも抑制的な人物であり、少々不幸な境遇から同情を誘うものの、やはり道徳観から言って抵抗感のある組み合わせである。そして庄左衛門とちょうど同じくらいの年頃である自分的にも困る。同居する奥様の前でどんな顔して読んでいいかわからんのである。こういう話だって知らなかったんだからしょうがないじゃないか。

 

以上、少々下世話な感じで書いてしまったが内容自体は決してそんな感じはなく、むしろ格調高い空気感を纏った小説だった。少々展開はゆっくりだが、素直に面白いと思う。

 

神山藩ものでシリーズになっているらしいので、他の作品も読んでみるかもしれない。