今村昌弘さんの日常の謎解き短編集。『屍人荘の殺人』に登場した迷探偵・明智恭介が主人公のスピンオフ。終始笑いが絶えない楽しい作品だった。
※以降、事件そのもののネタバレはしないよう気を付けて書きますが、内容には触れます。また、『屍人荘の殺人』について少しネタバレがあります。未読の方はご注意ください。
神紅大学の非公認サークル「ミステリ愛好会」に入会した一回生の葉村譲。勧誘したのは会の創設者にして唯一の会員の三回生・明智恭介。「真のミステリマニアの居場所」を標榜する同会の活動は、同人誌作成ではなく、探偵の真似事。解くべき謎を求め、学内外の問題に首を突っ込む明智に半ば呆れつつ、葉村は明智のワトソンとして謎解きに付き合っていく。
今村昌弘さんの作品はこれまで剣崎 比留子シリーズの『屍人荘の殺人』『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』と読んできたが、どの作品も面白く、大好きな作家さんである。そして、このシリーズを読んできた人ならば、「あの」明智恭介が主人公のスピンオフとあっては、わくわくせずにはいられないのである。
明智恭介は、名探偵に憧れているが、名探偵ではない。『屍人荘の殺人』の時にも出てきた学食での「メニュー当て推理勝負」で、ワトソン役である後輩の葉村といい勝負をしているくらいである。いつも自信満々で推理を披露するが、大体外れている。
聞き込みも下手である。しばしば関係者にセンシティブなことを単刀直入すぎる聞き方をして感情を害してしまい、葉村にたしなめられている。謎解きに熱中しすぎてまわりが見えなくなる、ちょっと困った人なのである。
しかし、謎に対する好奇心と、真実の追求に対する執念は、名探偵のそれに全く劣るところがない。それも、事件の大小に関わらず、大学教授に頼まれた猫探しなども、それはそれは一生懸命に、楽しそうに取り組むのである。
本書のユニークなところは、探偵役であるはずの明智が解決することは少ないが、この明智の熱意が突破口になり、引きずられた周囲の人々がなんだかんだと真相に辿りついてしまうことである。
ミステリへの愛だけでここまで突き進める明智はちょっと眩しい。普通の人は、ここまで一つの事に熱心には取り組めない。そういう意味で、明智もやはり天才の部類なんだろうな。
本書の最後の一編は、明智がまだ神紅大学一回生で、葉村に会う前のことを書いた話である。度々言及されていた、明智がアルバイトをしている探偵事務所の所長の視点で話が進む。少々初々しい明智が微笑ましいが、ミステリへの情熱はこの時から変わっていない。これを読み終わった後、『屍人荘の殺人』のことを思い出したら、なんだか切なくなってしまった。
『屍人荘の殺人』での明智の死には、まさに意表を突かれたというかびっくりさせられたが、これを読んだ時点では、面白い仕掛けの一つだ、くらいの感覚であった。しかし、本書を読んだ後、この明智が実は死んでいると思うと寂しくてたまらなくなる。今時の言い方をすれば明智ロスである。
今村先生にはこれからも明智の作品を書き継いで、できるだけ長いシリーズにしてほしいなと切に願う。小説の登場人物に対してこのような気持ちになるというのも、おかしなことだけども。
